襷渡し のあとのストリートライブ

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本日は 砂組の 襷渡し

たすき渡し とは、来たる5月3日から始まる
浜松まつりを取り仕切る面々に、たすき と言う
神聖なる布きれを授ける儀式。

たすき と言っても 駅伝を走るわけではありませんから。

祭りの役員は、皆これを肩からかけて、本番に臨む
というわけ。

終わると 酒宴。
そして 二次会。
私は 若い衆とは別行動で、一人居酒屋。

そして 帰ろうか
と 駅の周辺を歩いていると

  ♪ 上野発の夜行列車 降りた時から~・・・♪

と ギターの心地よいメロディが聞こえてきたので、近寄ると

遠州スーパーギタートリオ  通称 遠トリ が金曜ストリート
ライブを演っていたので、引き寄せられました。




彼らは別に 演歌を演っていたのではありません。

津軽海峡冬景色のフレーズを散りばめた
マイナースイング を演奏していたのです。

ジャンゴもビックリボン (・ω・)\バシッ

で、You don't Know What Love Is をしっとりと聴いて
リクエストしたのが  スペイン

熱いロングの演奏に聞き惚れたところ
なんと この曲を演奏したのは 一年ぶりとか。

最後は サンタナの 哀愁のヨーロッパを聴いて
家路につきました。

こんな すごいギターの音色を ただの酔っ払いが
タダで聴けるなんて、浜松はホント  いい街だね。

今年で15年目となる 遠トリの皆さん
あんたらは エライ。

以上 酔っ払いのブログアップでした。(・ω・)\バシッ







 

シャンボール閉店

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浜松市の街中 有楽街のど真ん中に
シャンボールというパン屋さんがあるのですが
今週の木曜日で閉店するそうです。

パン屋と言っても、ずっと以前からベーカリーは
止めて、工場で作られたパンを置くだけの店に
なっていましたが、休み前の火曜日など、全品
100円になるので、よく使っていました。

うちの奥さんは、高校生の頃ここでバイトをしていた
そうで、昔はパンもケーキもここで製造販売し、2階
には喫茶店もあったということですから、規模こそ小
さくなったものの、何十年と営業を続けてきたわけです。

思えば、浜松の街中はどんどんと 物販業が
撤退していき、飲食店ばかりの偏った構造に
なり果てています。 このシャンボールの跡も
どこかの飲み屋さんが、きっと入ることでしょう。

市の補助制度を利用すると、新規に街中で
飲食店を開業する人には、改装資金200万。
家賃半額補助二年間(だったと思う)という特典
があります。 ですから、飲食店ばかりの街に
なってしまうのでしょう。

長く街中で飲食店を続けている人にすれば、とても
やり切れませんが、この補助がなければ、シャッター街
になる恐れもあります。

でも、市が街中のために一番にすべきことは、
松菱の残骸を一刻も速く無くすこと。
それに尽きます。
そしてこれは、政治の仕事です。




 

ムクドリの休憩所

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当店と倉庫の間に、電信柱があります。

最近、その電柱付近を歩くと、動物園の匂いがするのです。

その犯人は 奴らです。



毎日 夕刻の4時から5時頃、駅南界隈の電線や電柱は

彼らの大群に占拠されます。

鳴き声も なかなか けたたましく、ギャッギャッとか

キュッキュッとか 奴らが集まってきたなと、すぐに判ります。



ねぐらではないので、1時間ぐらいの滞在ですが、それでも

電柱の下のアスファルトは、白い半液体状の落し物の海。

ポタッポタッ と音がするぐらいですから、奴らが留っている時は

その真下を避けて通らなければ、大変です。

スズメ目の留鳥で、ねぐらは あきらかに駅周辺の街路樹。

松菱周辺は、天敵の音を流すなどの対策を取ったものの

周りに分散しただけで、根本的な解決策ではありません。

一羽だけを見ると、なかなか可愛い鳥なんですが、

大群となると話は別。 

思わず ヒッチコックの映画 『鳥』を連想してしまいました。




 

ムクドリ対策

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夕刻 街中の業務店にお酒の配達に行くと、旧松菱前で

非常にけたたましい、鳥の叫び声というか、うなり声が

聞こえてきた。

空を見上げると、ムクドリの大群がパニック状態で乱舞

している。


市なのか県なのかは定かではないが、どうやら ムクドリ

対策のために、天敵となる猛禽類の鳴き声を拡声器で鳴ら

しているようだ。


確かにここ数年、鍛治町通りの樹木はムクドリのねぐらと化し

おびただしい数の鳥たちが生息するようになった。

木の下の歩道は糞だらけだし、夜などその鳴き声でちよっと

不気味。 果して効果はあるのだろうか。

確かに、拡声器から声が流れている間は、鳥達はパニックになり

樹から樹へと移動を始めるが、決して遠くに避難するわけではない。

かといって一晩中鳴らしていたら、それこそ騒音被害で人間の方が

参ってしまう。

一週間ほど実験的に行うようだが、どういう結果になるのか。

ムクドリは元々、果樹園などの害虫を食べてくれる益鳥だったとか。

いつからか農薬で虫が減り、果実そのものを食べるようになってしまい

全国的にもやっかいもの扱い。

でも、それは人間の都合であって、彼らに責任はないよね。

決め手となる忌避策はなかなかないようだが、粘り強く対策を

講じて欲しいものである。




 

浜松の街中を考えるフォーラム

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昨日のブログでは、どうやら 世のB型さん全員を

敵にまわした様ですね。(笑)

夜 一人で街を歩くときは、B型の影には気をつけたいと

思います。 

まあ O型の会 そのものが、飲む口実のための冗談の固まり

ですから、差別主義者 と糾弾されようと、ここはじっと耐え

あのO型の会のゆるい空気 と同じように、へらへら、だらだらと

この会に関しては、そんなスタイルを貫こうかと考えます。(・ω・)\バキッ



さて、静岡文化芸術大学の阿蘇先生から、ご案内いただきました。

『大激論! 今こそ夢ある都心再生を考えよう』

☆浜松にとって“都心”は、必要か、必要でないか。
☆市民の一人ひとりが、考え、議論してみませんか。

日時:平成21年8月30日(日) 午後1時30分~4時30分
場所:静岡文化芸術大学(中区中央二丁目) 南281教室
   入場無料
基調講演 『都心再生の失敗とこれから』
      名城大学教授 海道清信氏

問合せ 浜松まちづくりセンター 電話053-457-2616

これは非常に興味があります。
浜松の“都心”は、一体どうなるのでしょうか。
松菱の廃墟は、依然としてそのまま。
コンプマートのあったビルも、しかり。
個人のお店、特に物販店は、減る一方。

毎日“都心”に仕事に行きますが、活気のなさと言ったらこの上ない。
では、市民の一人として何が出来て、何を成すべきなのか。

血液型に関係なく、皆さん参加しましょう! 



 

谷島屋 浜松本店

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久しぶりにジャズ関連の本を3冊も買ってしまった。



昔は片っ端から読みあさったものだが、久しくこういう

たぐいの本は買わないようにしていた。

限られた原資 をソフトに使いたいので、もっぱらCD買い。

でも、知識が感性を高めることもあるので、衝動買い。

浜松駅にある MAY ONE 8階に6日にオープンした

谷島屋 浜松本店にて である。



ここの品揃えはかなりのもの。

それに選びやすい。

エクセシオールカフェ が併設されていて、コーヒーを

飲みながら 立ち読み いえいえ 座り読みが出来る。

試しにレジのお兄ちゃんに聞いてみた。

「レジを通す前にあそこでコーヒー飲みながら読んでいていいの?」

「もちろんです。」

「じゃあ コーヒー飲みながら読んで、買わずに元に戻すのは?」

「それもOKです。」

これじゃ 図書館と同じだな。

日曜の過ごし方がちょっと変わりそうである。

元谷島屋があったMAY ONE 6階 は、現在閉鎖されているが

ロフトが5月にオープンする。  こちらも楽しみ。


でもでも、エイデンが今月で撤退。松菱の残骸は当分今のまま。

ビックカメラも出来、浜松の街中は 駅周辺で事足りる。

これでいいのか 浜松市。





 

高砂小学校閉校式

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一つの小学校がその歴史に静かな幕を下ろした。
一町一校という、いまや政令指定都市ともなった
浜松市の中心部において、希少な環境下での高砂
小学校の歴史は、人のぬくもりと共にあったのかも
しれない。

母校でもなく、他県から来て浜松に根を下ろさんとする
人間にとって、高砂小とのかかわりは、地域とのかかわり
の道しるべでもあった。

最初に高砂小に足を踏み入れたのは、自身の浜松まつりの
ラッパの練習。仕事を終え、体育館でラッパのイロハから
丁寧に教わり、やがて吹けるようになるまで、地域の方と
の初の交流の場として、それはあった。

やがて我が子の入学式。
バックネット裏の桜が満開だったことが、昨日のように
思い出される。同時に入部したPTAソフトでは、日曜の
運動場で思いっきり汗をかき、公会堂に場所を移してお父
さんたちと飲んだビールのうまかったこと。

その後、PTA会長を務めさせていただくことで、更に結び
つきは強くなって行った。昼下がりの午後、睡魔と闘いながら
校長室で会議を開いたのも、今となれば良き思い出である。

参観日は、校内放送のテレビで挨拶をしたこともあった。
子供たちが出すキューに一瞬戸惑いながらも、カメラに向かって
お辞儀をすると、何故か教室で笑い声が起きた、とあとで妻から
聞くに及び、うれしいような悲しいような、複雑な気分になった
こともあった。

子供会の活動も、高砂小なくしては語れない。
他人の子供であっても、地域の子供として名前を呼び捨てにする、
きさくでアットホームな空気の中、体育館、運動場、廃品回収での
玄関前と、校内の施設をフルに活用し、大変だったけど楽しい時間
を過ごすことが出来た。

でも、一番印象に残っているのは、子供たちの生き生きとした姿。
発達学級の子供たちに、ごく自然に手を差し伸べる姿。
何か役割を決める時でも、必ず話し合って互いを尊重しつつ結果を
出す姿。
少ない人数のため、何にでも果敢にチャレンジ出来、またちゃんと
やり遂げる姿。自分の小学生時代を思い起こすと、高砂小の子供たちが
やけにまぶしく、凛々しく感じられたものである。



そして、行事ともなれば児童、先生、保護者、そして地域の方々も
加わり、一つの目標に向かって皆が協力する姿は、小規模校ならではの
良き点であり、貴重な財産であったと私は思う。

これは子供たちがやがて家庭を持ったとき、必ず思い出してもらいたいし、
行動の指針として心に留めておいて欲しいと、切に願うばかりである。

そんな高砂小学校が閉校したのはとても残念だが、地域とのかかわり
という財産がある限り、双葉小学校として新たに生まれ変わる未来は、
きっと輝かしいものとなることであろう。

さようなら、そしてありがとう、高砂小学校。    



 

元城(亀山)トンネル

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ウォーキングのコースを時々変えてみる。

この日は、エンパイアホテルの南側の道を西へ真っ直ぐ
広沢トンネルまで足を伸ばす。



このトンネル、その昔 軽便鉄道が通っていた100mほどの
歩行者と自転車専用トンネルで、よくぞこんなに狭い空間に
電車(もっと昔はラッキョウ型蒸気機関車)が走っていたなと
感心する。

トンネルの壁には、かっての鉄道の写真が飾ってあり
遠州鉄道奥山線は、リアルタイムでは知らないが、
(生まれていなかったから・・と言いたいところだが
実は浜松にいなかったという意味です)
どこかなつかしい気分になる。

浜松には、この軽便鉄道の線路跡とおぼしき、不自然に
細い小径がいたるところにある。

中心部は再開発でほとんど消えたが、住吉町の南北に走る小径などは、
ちょうどヴォイストレーニングの教室に通う道で、とにかく道幅が狭い。
だから車は入れない。
不便なようだが、町並みが保存されていて私はこの道が好きだ。

今度は磐田の、光明電気鉄道の線路跡でも歩いてみるか。